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「コラム総括」

2017.3.22(Wed)

無事大学にも合格し、高校も卒業できました。
一年間という短い期間(しかも7月〜2月まで未更新)
で気ままに更新する形でしたが、継続して読んでいただき、
本当にありがとうございました。


この一年間を通して、いくつかコラムを書かせていただいて、
毎回悩み苦しんだことが多かったように思います。
どのようにしたら、誰でも受け入れやすい文章にできるのか、
わかりやすい文章にできるのか。
自分自身、全国の人に読まれる文章を書くことには、
かなりの時間と労力を必要としました。
だからこそ、停滞してしまった時期もあり、
全く手につかない時もありました。
それでも続けることが出来たのは、やっぱり、 好きなことだったからです。


本を読むことは小さい頃からの習慣だった上に、
人に魅力を感じさせる文章を書くことは憧れでもありました。
ですが、文章を書くことは、決して得意ではありませんでした。

小学生の頃、読書感想文を書いても、 ほとんど親に直された文章で、
自分が書いたとは言い難いものでした。
それが悔しく、嫌だったので、もっと多く本を読んで、
文章の書き方身に付けて来ました。

何が言いたいのかというと、これから好きなことや、
やりたいことが必ず出てきます。
それだけは、他者の目を気にせずに、
とことんやって欲しいということです。


コラムの第一回目でも話しましたが、
自分自身の見たい、知りたいという好奇心を敏感に汲み取ることが、
僕たちの人間性を高めてくれます。
今のこの学生時代にそうしたことで一生懸命になることは、
とても貴重だと実感しています。
今回で、ニホンアシのコラムは最後となりますが、
今後しばらくは残していただけることになっていますので、
また時間がありましたら、読んでいただければと思います。
(三冊程度しか紹介できていませんが・・・)

また、「本好き高校生のコラム」の枠は自由に使えますので、
自分は書きたいという衝動がある、または自分の文章力を高めたい、
という学生がいれば、ぜひ、日体大柏高校メディアセンターまで お気軽にどうぞ。

そして、自分も今後、時間があれば稀に更新するかもしれません。
それでは、皆さんが人生を豊かにする作品に出会えることを祈って、
総括とさせていただきます。
今までコラムを読んでいただき、ありがとうございました。


『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』

2017.3.9(Thu)

だいぶんお久しぶりの本好き学生ニホンアシのコラムです!
今回は「番外編」として、本の紹介をしていきたいと思います。
 
さて、今回ご紹介する本は、
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』押見修造著 太田出版です。
 
 
 
 <ストーリー>
この物語は、最初の母音がうまく言えない(それを”どもり”・”吃音”という)
高校一年生、志乃ちゃんが主人公で、彼女が新しい環境の中、
コミュニケーションが上手くいかない事で迷いながらも、
地道に道を歩んで行くといったストーリーです。
 
前回のコラム『惡の華』編 其の壱において書きましたが、
押見さんは人間のデリケートな感情を、巧みに表現する事で有名な方です。
それは、押見さん自身が学生時代に「吃音」を経験したことが、キッカケに
なっています。そしてこの作品ではその経験をもとに描かれています。

<「吃音」とは>
「吃音」/「きつおん」とは
「・・・・っ・・・・」というように、
最初の一文字目が出てこない「難発型」と、
「ぼぼぼぼぼぼくは、おおおおおおにぎりが…」
というような、最初の音が連続する「連発型」があり、
押見さんは前者だったそうです。
現在でも、原因ははっきりしておらず、治療法も自然治癒しかない状況です。
 
 
押見さんがこの作品について語っていることは、
「ただの吃音マンガにしたくはなかった。」ということ。
誰しも、人間関係でうまくいかないことはあるだろうし、
喧嘩をして不仲にもなったりするし、それが、一生禍根を残すこともある。
でも、その苦い経験が後々活きてくることもある
人生をどう生きるか、どう付き合っていくのか。
悩める人に寄り添うような優しい作品になっています。
 
そして、押見さんは加えて、
「自分が辛い時期にいる時、小さな事でも大きな事でも
世界を反転させる何かがあるだけで、生きていけるんじゃないか。」
と、話します。
 
僕自身も高校2年生の時、
進路について悶々としている中で、ある先生から、
救われるような一言をもらった事があり(コラム第一回目に記載)、
「そういう考え方もあるのか。」と刺激を受け、再び頑張れました
 だからこそ、押見さんの言葉に、作品に共感を覚えました。
そして、みなさんにもきっと自分を変えた出来事がきっとあるはず。
それを学生時代に(もちろん今に限らず人生の節目節目で)思い返すことは、
きっと今後の人生を歩んでゆくのに、価値あるものとなるでしょう。
 

『読書して、将来を考える』『惡の華』編 其ノ弐-下

2016.6.25(Sat)

  
今回も前回に引き続いて詩集『悪の華』の紹介をしていきます。 
前回は詩集と共通した点を、仲村さんの具体例をあげて説明してきました。


他にも…実はもっと多くの共通点を見つけられます。
例えば春日が想いを寄せる優等生・佐伯奈々子の表現に、
ボードレール自身と似通ったところがあります。
彼女は幼いころから両親、先生、大人たちの
「好きでいてほしいもの」
を好きでいて、ワクからはみ出さない生き方をしてきたと告白する描写があります。
 

春日や仲村さんと関わるうちに、佐伯さんも「本当の自分」に気付いていく。

はじめに話した、創作の原点とも言える、
ボードレールの少年時代の感情が、ここで表現されているように思えます。

『悪の華』は後半の詩に向かうにつれてだんだんと
「人間の本質とは何か?」の答えに近付いていきます。
そして、最後は「旅」という編で終わります。
つまり答えは読者が人生という旅の中で見つけていくというわけです。
そして、ボードレールは私たちに

「あなたはいくつのことを認識して、理解しましたか?」

と問いかけてくるのです。
でもそれは人によって異なる解釈を持つものです。


『悪の華』の魅力とは何か?
それを答えるのは簡単なことではありませんが、
僕はある一人の多感な批評家が、争いの絶えない19世紀の社会に飲まれ、
消えてしまった本当の「個人の理想」を、
言葉を使って、人々に再認識させようとしたことが、
生き生きと感じられることだと思いました。
それに、それは今の現代人にも共通していることだから、なおさらです。
でも、この本を僕たちが完璧に理解することはできないでしょう。
なぜなら、その答えは、読者が人生という「旅」の中で、見つけていくことだからです。
それは『悪の華』の最後の詩が、
「旅」という題で書かれていることからわかります。
そして、マンガ『惡の華』第11巻では、春日自身が、愛読してきた詩集、
『悪の華』についてこう言っています。


 友人から『悪の華』の難解さを指摘され、春日はこう答える。

『悪の華』を中学時代に読んだ、そのときの印象と、
様々な経験をしてから、大学生の時に読んだ時の印象とでは、
全く、違うものを見つけられるのかもしれません。
春日も経験値が増したことによって、
ボードレールの言いたいことが浸透して行ったのかも。


しかし、結局はボードレールが、押見さんが、そして春日少年が、
この本にどれほどの答えを見出し、どれほどの影響を受けたのかは、
僕たち読者には完璧にはわからないワケです。
でも、こんなに難解な物でも、マンガ『惡の華』を読み、この本を読むことで、
これらのたくさんの共通点を見つけられます。
例えば、春日少年の描写が、
19世紀、簡単には見つけることの出来ない人間の本質を、
生涯をかけて探し求めたボードレールとリンクしていて、
同時に、現代の読者自身(それに押見さん自身)ともリンクしていると言えるように。
(あくまで、個人の解釈ですが…)

 そういった共通点から、僕たちはそれぞれの解釈をすることができます。
こうやって考えていくと、
マンガ『惡の華』と詩集『悪の華』のセット例を通して、
僕たちがマンガを読むことで、得ることのできる「読書のキッカケ」というものを、
簡単に理解させてくれるように思います。
みなさんもこんな作品に多く出会って、深く掘り下げて考えてみるのも、
人生を豊かにするキッカケになるのではないのでしょうか。

『読書して、将来を考える』『惡の華』編 其ノ弐-上

2016.6.25(Sat)

 
お久しぶりの、ニホンアシのコラムです。
今回は前回のマンガ『惡の華』の中心として登場する、
シャルル・ボードレールの詩集『悪の華』を紹介していきます。

     
左:悪の華/堀口大學訳 講談社文庫(写真右)
右:ボードレール全詩集Ⅰ悪の華・漂着物・新悪の華/阿部良雄訳 ちくま文庫(写真左)
  
《あらすじ》 
詩人であり美術評論家でもあるボードレールが、混沌とした19世紀のフランス社会の中で、
約15年に及び書き列ねた、彼の人生唯一の詩集となっています。
西洋独特の思想に対しての批評や、人間の外面によって隠された真の姿(悪の姿)を
美しい華のような存在だとして描いています。こうした、誰でも持ち得るような感情を、
「憂鬱と理想」、「葡萄酒」、「悪の華」、「反逆」、「死」の5つのテーマで、
多彩な言葉を駆使して表現しています。


ちなみに、マンガ『惡の華』では二種類の訳が登場します。
上の画像にある日本初の堀口大學訳と、ボードレール研究の第一人者である阿部良雄訳です。
現在、堀口訳は誤訳が多くて、正確には理解できないと評価されていて、
一方で阿部訳は原文に最も忠実であり、一番正確に理解しやすいとされています。
確か、マンガ第1巻で春日少年が読んでいたのが堀口訳、
第11巻にて大学生の春日が読んでいるのは、阿部訳でした。
僕は、実際に両方の全訳本を読んでみましたが、やっぱり初心者としては、
阿部訳の方が専門家としての注があったので、わかりやすく読めました。
そして、とても面白かったので、何度もマンガと見比べたりしてしまいました。


《ボードレールついて》
シャルル・ボードレールは1821年に生まれ、46歳の時に病気で亡くなります。
その間に『パリの憂鬱』・『悪の華』をはじめ、
多くの作品と文芸評論書を書いています。
彼は幼い時に母親が再婚したことで大きな精神的ダメージを受け、
学生時代には自分の望まない生き方を、義理の父から強制されて育ちました。
その影響から自分の意思に反して行動するといった矛盾を、
幼い頃から抱えます。
そこから、彼は生涯をかけて、人間の本質と、
善悪の美しさを追い求めるようになりました。
『悪の華』はボードレールが当時感じた、自分の正しいと信じる感情を、
かみ殺して(ないがしろにして)生きる苦痛と、罪悪感を、
自伝的に書いたものであるといえます。


当時の批評家(いわば文学者)達は、
特に上流階級の人々から卑しい存在とみなされていました。
しかし、彼は人間が自己の願望をきちんと受け入れ、
他人に影響を受けずに自らのやりたいことをやる原動力を、
批評家として探すようになります。
そして、彼はそれを「新しい創造(感情の形成)は自己の破壊の先にある」と定義します。
これは、詩集『悪の華』を通しても、
コアとなる考えです。
うーん、なんか難しいですね。


 《もっとわかりやすく!》
でも、こんなに難しい内容の本であっても、関連の作品を通してみると、
意外と理解できることがあります。例えば、
 
「私達の体の周りには常に悪魔が霧のように渦巻き、
それを飲み込むと体内が焼けただれ、罪深い気持ちで満たされる」
 
というフレーズです。マンガでは、それは登場キャラクター達が抱えている、
「モヤモヤした感情」
として描かれていて、特に11巻での仲村さんの描写に共通しているようにも見えます。

  
今までは春日の目線で描かれてきたが、
最終巻では仲村さんの目線から見た景色が描かれる。(上の3つの写真)

 

『読書して、将来を考える』『惡の華』編 其ノ壱

2016.5.13(Fri)


本好き高校生ニホンアシによるコラム第二回目です!
前回は、たくさんの読書の機会を通して作品の背景を知ることで、人間性を高めることができ、
読み方次第では、コミック・アニメ・ゲームなどの作品のアプローチからでもできると紹介しました。
そこで、今回から作品の裏にある背景にスポットをあてながら、
オススメの作品を紹介していきたいと思います。


『惡の華』全十一巻 押見修造著 講談社コミックス

《あらすじ》 
主人公はボードレールを崇拝する本好き中学生、春日高男。ある日彼は、想いを寄せるクラスの優等生、
佐伯奈々子の体操服を衝動的に盗ってしまう。
その様子をクラスで嫌われ者の少女・仲村佐和に見られてしまい、彼女から“契約”を迫られ、
そこから彼のふつうだった生活は大きく変化していくという物語です。
思春期のド真ん中にいる主人公の少年が善と悪の感情の間で葛藤し、挫折と絶望、そして、そこから
抜け出すまでに彼が失い、得たものとは。


この作品は、大きく二つのテーマで構成されています。
一つ目は辺境の土地での生活にコンプレックスを感じ、それを打ち壊そうと暴走して
すべてが崩壊していく中学生編。
二つ目は地元を離れ、心に大きな影を抱ながらも、様々な人との出会いの中で過去と向き合い、
本当の自分を発見していく高校生編。
この二つのテーマの中でのキャラクター達の表情・心境変化が一コマ一コマでリアルに描かれていきます。


このリアルな描写は、作者の押見修造さん自身の生い立ちがもとになっているようです。
押見さんは1981年生まれ、群馬県出身。
代表作は『惡の華』・『スイートプールサイド』・『漂流ネットカフェ』など。
これらの作品は、何かしらのコンプレックスを抱えて生きているキャラクター達をリアルに描き出しています。
それは、学生時代の押見さんに「吃音」の経験があったことで他人の表情や感情を読み取る力が発達し、
当時実際に持っていた暗い感情などが登場キャラクターの表現に生かされているようです。


また、押見さんは父親の影響によって、中学生の頃からフランス画家ルドンの絵や、夢野久作の怪奇小説、
ロマン主義作品で知られる、萩原朔太郎の詩などを読み漁っていたそうです。
そんなわけで周囲の友達とも話の合わないことが多かったので、あまり良い思い出のない中学時代だったそうです。
ただ本だけは大好きだった。
この部分でも主人公の春日少年と押見さんの姿が重なることがわかります。


その後、押見さんは高校を卒業し、東京の大学に通うこととなります。
そこで多くの人から良い影響を受けて、漫画を描き始めます。
加えて、本のことで語れるような仲間を持ったりして、地元にいた頃の世界観が大きく良い方向へと変化します。
それはまさに物語の中にある、春日が地元を離れてからの感情のカタルシスと重なっていることがわかります。


また全巻の表紙を見ていくと、最終巻に向かって白黒絵から極彩色の美しい絵に変わっていくのは
春日と押見さんの当時の心境変化を表しているかのようです。
実はこれは押見さんが中学生の時によく見ていたルドンの作品がモチーフとなっていたりします。


次回は、主人公の少年が心酔していくこととなる重要な本で、このマンガの題名にもなっている、
19世紀のフランス詩人、シャルル・ボードレールの詩集『悪の華』を紹介したいと思います。お楽しみに!

『読書して、将来を考える』

2016.4.7(Thu)

本好き学生ニホンアシのコラム第一回目です!
今回は、「読書して、自分の将来を考える」をテーマにつぶやいていきたいと思います。

ついに、僕も高校3年生です。
高校2年生の時を振り返ってみると、勉強で迷いに迷った一年間だったな・・・と思います。
というのも、1年生の頃は単純に名の通った大学に行くことだけが理想でした。
それを目標にして勉強に打ち込んでいたものの、2年生になり色んなことを知るようになって、
段々と目標が揺らぎ始めてしまったのです。
正直、何のために勉強するのか、さっぱりわからなくなりました。
自分自身の中で葛藤が続き、負の状態から抜け出せなくなっていたとき、
ある先生からこんな話を聞きました。


「最近の大学は社会人教育まで見据えて、
 学力だけでなく、臨機応変に対応できる学生が求められるようになってきている。
 個人の人間性が見られるということです。
 だから、人間性を磨く作業もしていかなくちゃいけないよ。」


人間性を磨く作業とは、書物・文化などにより多く触れることで、
机に向かう勉強だけでは得られない感性や表現力を身につけることです。
延いては、自分の将来を明確に意識できるようになれるとか・・・。
本を読む時に先生などから活字体の本を読むよう勧められることが多いと思います。
人によっては、活字体の本を拒絶する人も多いハズ。
確かに活字本を読むには時間が必要になります。
でも、実は興味のあるものならば、それほど難しいものでもありません(難しいものでも読めちゃいます)。

それに、僕たちはかなり身近なところで多くの本と触れ合うための興味を得る機会に恵まれています。
例えば、小説などの活字体の本はもちろん、コミック・映画・アニメ・ゲームからもアプローチをして深く調べると、
意外にも、これまでの歴史の中でも有名な作家、芸術家や学者などの本にたどり着けます。
コミックを読んで「このデザインとタッチの絵、結構好きだな・・・。」と思えば、
そこから絵画についての本に行き着くかもしれないし、
「このゲームの世界観やストーリー性が良いなー。」と深く調べてみると、
作品の世界観の元となった本などに行き着きます。
その行為を通して、自分自身の人間性が高まり、いままで気付かなかった自分を発見できるのです。

そのように考えると、本に触れることで、将来に悩む僕たちが高い人間性を身に付けて、
新しいことを成し得ることが可能になる一つの手段であることに気付かされます。
そのためには、コミックや映画・アニメ・ゲーム作品を、ただ楽しむだけじゃなく、
その裏にある大きなテーマ(作品の中心となる思想)を感じとることが大切になってきます。
さて、次回からはそういったことを感じられる作品を紹介していきたいと思います。
お楽しみに!

このコラムの管理人について

2016.4.7(Thu)

初めまして、ニホンアシです!
僕は日体大柏高校3年生で、本好き元駅伝部、兼図書委員長です。
ちなみに、ニホンアシとは、
日本とBookAssistant(図書係)をくっつけた、ペンネームです。
これから一年間、不定期ですが、現役生のつぶやきと称し、
僕の身の回りにある本の紹介や感想を日常と結び付けてつぶやいていきたいと思います。
まだまだ知識も浅―く、つたない文章でありますが、興味を持って読んでいただけたら嬉しいです。